2021年04月11日

【陽炎のエチュード】1988年に置き忘れたもの・1989年からやり直し

 昭和48年(1973年)生まれ(昭和49年早生まれを含む)が私と同学年なんですけど、後藤久美子と田中陽子、中学生の頃の私の「内面」を形容すると後藤久美子であるならば、高校生の頃の私の内面を形容すると田中陽子だろうなと思います。

 またまた自己愛強めのテーマですが(笑)、私の場合はアイドルを「対象」とは見ていないんです。基本的に私はアイドルに「自己」を投影しているのです。
 後藤久美子の残してくれた楽曲は全部で8曲。田中陽子が残してくれた楽曲は全部で10曲(のちになって1曲幻の曲が追加されて11曲)。

 どちらも少ない曲数ですけどクオリティーは高いと思います
 田中陽子の楽曲で私が特に大好きなのは「夕陽のクレッシェンド」(1990/7)と「陽炎のエチュード」(1990/10)です。今聴くとデビュー作「陽春のパッセージ」(1990/4)も明るい曲調の良い曲ですね。

 田中陽子のラスト作はアルバム「Invitation」(1990/11)ですね。つまり1990年の1年の間にデビューからラストまでが全部収まります。
 ぬぬぬぬぬって感じですけど(謎)、私はそういうことにも自己を投影しているのです。いやそうではないのかも知れません。私は田中陽子に「自己」を投影しているはずがいつの間にか「対象」として見てしまってもいるんです。

 昭和末期の中学生の頃まで「私は私」でした。だけど平成になって高校生になって、私は私でなくなった。私は心機一転新しい自分になろうとした。田中陽子はそのことの投影ともなっているような気がするんです。(文脈は深く考えいません、フィーリングです。なので真逆もまた真ということもあり得ます。それがヒントかも知れませんね【追記】。)
 「1989年からやり直し」。私は今現在の世界情勢をそのように占いました。何か良い答えが見つかるのかどうか。それはこれからの私のアイドル趣味活動にかかっています(!?)。

posted by ヲタ仙人 at 10:45| Comment(0) | 平成 | 更新情報をチェックする

2021年04月10日

【美少女セツナ歌謡】15歳の私が置き忘れてきたもの

 それにしても私は後藤久美子(ゴクミ)の「teardrop」「若葉のイリュージョン」「初恋に気づいて」の3曲が大好きすぎます♪
 私が中学3年(1988年)の頃に置き忘れてきたものとは、具体的には「美少女セツナ歌謡」であったと言えなくもないです。あの頃を最後にアイドルは冬の時代に突入し、私はアイドルオタクになることなく社会に出ました。

 私がゴクミのCDやレコードを買って聴くようになって10日くらいが経ちました。まだ10日(!?)、そうなんです、つい最近ですね。
 私はゴクミが歌を歌ってたことすらちゃんと覚えてなかったし、当時もちゃんとは認識してなかった気がします。だけど今はっきり分かることは、私がずっとずっと渇望していたのは「美少女セツナ歌謡」だったということです。

 ほんとに何してるんでしょう私は(笑)。私が15歳(1988年)の時に置き忘れてきたものとは、そうやって自分の大切なものを置いてきてしまうこと自体だったのかも知れません。
 つまり私は「自分らしさ」という武器をその場に置いて丸腰でこの30年間を歩んできたようなものなのです。私がいちばんいけなかったことは、そういうところでした。私はもっと自分を大切にするべきだった。

 私は15歳の頃にはよく分かってたんです、自分のことも社会のことも全部。なのに私は自分を置き去りにして丸腰でやりたくないことをやってきた。
 私はもっと私らしくやっていけばよかった。なのに私は「普通」の人になろうとした。それが私の人生の最大の失敗だったと今の私は理解しています。

 今回ゴクミのCDやレコードを集めて私はよく分かりました。私は物に触れるといろんなことが理解できるのです。(誰にでも備わってるはずの能力ですが、私はそれを自覚しているのです。)
 私は「美少女セツナ歌謡」を置き忘れてきた。それが分かったからには、私はまた大きな私の転機を目の当たりにするだろうと思います。私は私に戻っていく。私にとっては「つじつま」がどんどん合ってくる。「構造は極めて残酷」であるにもかかわらず。

posted by ヲタ仙人 at 22:02| Comment(0) | 昭和 | 更新情報をチェックする

【クリアトーン558】後藤久美子のアナログ盤3枚

 後藤久美子のアナログ盤を3つ買いました。ファーストシングル「teardrop」(1987/3)、セカンドシングル「初恋に気づいて」(1988/1)そして「初恋に気づいて」ミニアルバム(1988/2)。
 シングルの音源は全部ミニアルバムのものと同じようです。なのでミニアルバムを買えば事足りるんですけど、私はこうやって全部買ってしまうんですよ(笑)。

 そんなお金があるなら他のアイドルのレコードでも買えばいいんですけど(笑)。
 後藤久美子のレコードはどれも現在比較的お安いです。まだアイドル冬の時代到来の直前の昭和末期だったこともあって当時枚数が出たこともあるでしょうし、中古市場に現在多数出ていることもあるでしょう。

 当時はちょうどレコードからCDに替わっていく時期でしたね。私の記憶では、1986年の段階ではまだレコードが優勢、1987年になってアルバムにCDが多くなって、1988年にはいよいよシングルもCDの時代になった。
 まさかアイドル冬の時代ってCD化されたことで「しらけた」のも理由の一つということは私は無いと思います。CDはCDで88年にはマキシシングル(12cm)とか短冊(8cm)とかバリエーションが揃ってきていましたし。

 ちなみに今私の機器で聴き比べると、後藤久美子のCDとレコードとどちらの音源も同じように聞こえるし、しょうじき全然違いは分からないです。
 ほんとに私はCDでもレコードでもどっちでもいいです。おんなじや(笑)。ただ違うのはジャケットの大きさです。今回の後藤久美子の「初恋に気づいて」のシングルは7インチのドーナツ盤なんですけど、ジャケットはLPサイズになっていて、めちゃくちゃ大きなポスターが封入されています。そのポスターのおかげで商品として安定感(重さと大きさの比の安定感)が増していると思います。

 今回の3枚はどれもホコリ多めのの中古品だったんですけど、静電気ノイズはほとんど発生しないです。私の持論では、いらんことをしてない盤はノイズが少ないように思います。「いらんこと」というのは、変なものを塗ったりして猫かわいがりすることです(笑)。レコードスプレーは私は「558」っていうやつをシューってやりますけどね。良い匂いなんですわ。そのあとふきふきして試運転という段取りです。
posted by ヲタ仙人 at 17:47| Comment(0) | 昭和 | 更新情報をチェックする

2021年04月04日

富田靖子の後期ドーナツ盤4枚を聴きながら

 富田靖子の後期のアルバム「OCTAVE」(1987/11)、「14-19」(1988/12)はどちらも超名盤だと私は思っています。
 今日は応用でそれらの時期のシングル(7インチ・ドーナツ盤)4枚を聴いています♪

 「私だけのアンカー/クローバー」(1987/4)
  ジャケットはめっちゃかわいい富田靖子の顔アップの写真ですね。唇をかむ仕草ってその頃流行ってましたよね。懐かしい雰囲気。

 「悲しきチェイサー/センチメンタル・ヒッチハイク」(1987/10)
  「悲しきチェイサー」好きなんですよ、私。イントロ即高まりですわ。私は中学2年の頃ですね。当時のシングルの定価は700円。現在は1100円(税込み)。ふーむ。

 「元気ですか!?/いつかどこかで」(1988/2)
  B面の「いつかどこかで」が渋くて超いい曲なんです。とにかく富田靖子は渋くて良い曲のオンパレードですからね。私が持ってる盤はジャケットが袋状になっていて裏ジャケの富田靖子がかわいいです。そうそう、JR四国ですね富田靖子は。
  (この盤は買った時にノイズが激しかったんですけど、今では静かなもんです。)

 「それは彼女のグッバイ/夢の町へ」(1988/7)
 特に今日は特別な感想はないんですけど、私が中学3年の頃ですね。昭和63年ですので翌年は平成になったんですけど、けっこう昭和と平成の間にいろいろ変化があったように私も感じます。雰囲気がまずね。

 シングルレコードってたいてい片面1曲なので1曲聴くたびにひっくり返して、2曲聴くたびに別のレコードに替えてと、せわしない(笑)。焼肉か!
 だから私はシングルレコードを聴くときは4,5枚くらいがさっと持ってきてジャケットをいじりながら聴くようにしてます。
 聴き終わったレコードは透明の袋にバリバリバリってマジックテープをはがして戻してと、またその作業が理不尽なくらいめんどうで(笑)。DMか!
posted by ヲタ仙人 at 21:10| Comment(0) | 昭和 | 更新情報をチェックする

2021年04月03日

後藤久美子「初恋に気づいて」のCDは3種類存在する

 後藤久美子のCD「初恋に気づいて」は3種類が存在します。
 12cmマキシシングル(1988/1)、8cmシングル(1988/2)そしてピクチャーレーベルのミニアルバム(1988/2)。収録曲はマキシが3曲、シングルが2曲そしてミニアルバムが6曲。

 曲数の多いミニアルバムを私は今回買いました。おそらくマキシの音源と同じものだとは思いますけど、それは買ってみるまで確証を得ません。
 いずれにしても3種類の「初恋に気づいて」のCDですけど、どれも「緑色」っぽいジャケットなんです。うーん、どれだったかなあ、私は中学生当時に緑色っぽいCD(もしくはレコード)を誰かが持ってきていて教室で見てたんですけど、思い出せません。

 でもたぶんそれは後藤久美子の盤で間違いないと思います。今回のミニアルバムは黒い背景に黒い衣装の後藤久美子で文字が緑色ですね。うーん、どうだったかなあ。もしかしてレコードだったかも。もうちょっと大きかったような気もしないでもないですけど、そこまでいけば少し話を作ってしまってます(笑)。

 今回のミニアルバムでは「WIND BLOWS」と「ポプリ」もフルバージョンですね。もちろん男性のナレーションも入ってないです(笑)。
 楽曲的には私はこのミニアルバム好きだなあ。ほんとに私にとっては偶然のラッキーでした。やっぱり私は自分の記憶・経験をもとに昭和平成アイドルを探求したほうがいいのかも知れない。宣伝や評判ではなく自分の物差しで。

 もともと私はアイドルオタクでも何でもなかったんですよ。美少女は常に大好きですけど(笑)。日常的に美少女は大好きですけど(しつこい)。
 「若葉のイリュージョン」「初恋に気づいて」そして「teardrop」。私は何度も何度もそれらを聴きたくなります。ちょっとのことで平成の楽曲と違ってもう少し古い昭和末期の匂いを感じます。
 
 私が中学3年の時に置き忘れてきた物の正体。私はそのことでも少し気付きがありました。それについては私の胸にもう少ししまっておきたいと思います。
posted by ヲタ仙人 at 18:04| Comment(0) | 昭和 | 更新情報をチェックする

2021年04月02日

私の等身大の後藤久美子論

 今回私が買った後藤久美子のCDのうちの1つが「KUMIKO MEMORY BOX 1986-1988」(1988/12)です。
 このCDはいちおうシングルAB面を含む後藤久美子の全部入りになっていますね。「いちおう」と書いたのには理由がありまして、歌の前後にナレーションがかぶせてあったりします。しかもナレーションは男性です。

 このアルバムに収録の全8曲のうち6曲は既存のミニアルバムに収録されているので、残り2曲が初出ということになります。
 私が気に入ったのは「teardrop」と「若葉のイリュージョン」そして「初恋に気づいて」です。そうそうこういう感じ。私が最近ずっと聴きたいと思っているアイドル楽曲ってそういうのなんです。

 どういうのかというと、美少女セツナ路線みたいな感じですかね。
 平成に入って田山真美子「青春のEVERGREEN」とか田中陽子「夕陽のクレッシェンド」とか私と同学年のアイドルが名作を残しています。今回は昭和末期の事例ということで私は後藤久美子に着目したわけなのです。

 後藤久美子も偶然にも同学年だし中学生時代だし、しかも曲が私が探し求めている雰囲気なので完璧です。
 だけど私は中学生の当時に後藤久美子が歌を歌うのを見たことがなかったなあ。そもそも私は当時親からもらうお小遣い(遊興費)が月1000円だったと思いますので、たとえCDやレコードがリリースされてもそう簡単に買えるものでもなかったんですよ。そんな私が初めて買った盤はWINK「愛が止まらない」なのでした。

 そうなんですねえ、その「愛が止まらない」(1988/11)の同じ頃の作が今回の後藤久美子の作なんですねえ。
 あの頃を思い出してみても当時の私が同学年とか同世代のアイドルにこだわった形跡はないんですよねえ。私はテレビとかお笑いを見ないキャラを長く演じてましたけど、そういうところはとても示唆に富むと今回思いますけどね(笑)。なるほどなるほど。ま、私は言うだけ番長でテレビ普通に見てましたけどね(呆)。
posted by ヲタ仙人 at 16:37| Comment(0) | 昭和 | 更新情報をチェックする

【4月のテーマ】昭和末期は「アイドル秋の時代」

 平成初頭が「アイドル冬の時代」であるなら、昭和末期は「アイドル秋の時代」であるはず(笑)。
 そうなんです、昭和60年代(1980年代後半)というのはニューミュージックの飽和からロックテイストへのシフトとともに、おニャン子旋風そしてポストおニャン子の美少女ブームというようにアイドル文化は「秋の収穫」の時期でもあったんだと私は思うのです。

 「秋の収穫」は別名「飽きの収穫」。そうなんです、世の中80年代の次から次への同じようなものに飽き飽きしていたという状況もあったんだと私は当時を思い返して思います。
 そんな折の「美少女ブーム」の到来。原点回帰のようなムーブメント。1988年(昭和63年)というのは私が中学3年生だった年なんですけど、世の中たしかに美少女ブームでしたねえ。

 宮沢りえに後藤久美子。国民的な美少女ブームだったというのは私は肌で理解できます。
 調べてみると宮沢りえの歌手デビューは平成になってからでした。その点後藤久美子は歌手デビューが1987年(昭和62年)3月でしたので少し早かったわけですね。しかも宮沢りえも後藤久美子も私と同学年なんですよ! 他にはイチローとか(笑)。

 私が後藤久美子に俄然興味がわいてきたのは言うまでもありません。
 だけど宮沢りえも後藤久美子も歌を歌っていた印象って私は残ってないんですよ。コマーシャルとかの記憶のほうがずっと強いです。だけど私は一つ記憶がフラッシュバックしましたよ。緑色っぽいCDだったかレコードだったか、誰かが教室に持ってきていたことを。私はその時中2だったか中3だったか記憶はあやふやですけど、これはそのブツを突き止めなくては!

 といういきさつで、私はこのほど後藤久美子のCDを2つほど買いました♪♪

posted by ヲタ仙人 at 12:06| Comment(0) | 昭和 | 更新情報をチェックする

2021年03月30日

2021年3月のまとめ「That's J-POP」

 モーニング娘。'21のニューアルバム「16th ~That's J-POP~」(2021/3/31)を本日フラゲしました。
 「J-POP]というものをまっすぐに問うてきましたね。それは私も同じなんです。え?、お前はバックビートにこだわりがあってJ-POPをボロクソに言ってたんじゃなかったのかって?

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 実は昨夜でしたかCDTVの春歌特集みたいな特番を私は途中まで見ていました。ゆっくりした変わり映えしない曲が続くなあと私は思う反面、ところどころ面白いと思う楽曲もありました。(アレキサンドロスっていうバンドの曲がかっこいいと思いました。「Mosquito Bite」はバックビートの風情だと思います。【追記】)
 私はSPEED「my graduation」が登場したところまでその番組を見ました。やっぱり寛子は萌えるわ(笑)。何を隠そう私もJ-POPには良い思い出がいっぱいあるのです。

 シティポップブームへの反感 → バックビートへの興味 → ロシア音楽という対抗馬の参照 → 私のメンタリティーの正常化 → 国家の在り方への言及 →1989年からやり直し

 私の2~3月の心の動きは上記のような感じでした。ところで「シティポップ」っていう用語はいつ頃普及しましたか?
 J-POPの「J」は日本のことだと分かります。シティポップの「シティ」は東京なんですってね。私のような東京住みじゃない人間にとっては少しイラっとする要素もあるかもしれません(笑)。なんだかんだ私はシティポップに文句言いましたけど、イラっとするのは結局はそこでした。

 東京一極集中が国是である時代は過ぎ去ったと私は感じています。政策的に東京一極集中は是正していかなければ国土がもたない、私はそう思います。
 地方の税収が厳しいから外国人勢力に頼らざるを得なくなるんでしょう? やがて東京だけの都市国家として日本が生き延びれたとしても、いずれはアジアの某都市の二の舞でしょうそれでは。構造は極めて残酷なのです。

 私はいま俄然国際情勢に興味があります。どう見たって1989年(平成の始まり・アイドル冬の時代・J-POPの嚆矢)の焼き直しに私は感じます。
 日本は当時と同じことを繰り返すのか、それとも政策を一新するのか。それはJ-POPの焼き直しにも通じる話なのかも知れません。もう1回「J-POP]をやるのか、それとも例えばシティポップを自ら分析してバックビートとの違いを理解し「タウンポップ」として一新するのか。

 自虐ではなく自ら断罪せよ。「私はJ-POPで十分なんです、どうせ難しいことは分かりません」ではなくて、日本解釈のシティポップとアメリカ発のバックビート音楽との違いを解析して自らバックビートを習得し刷新していく。
 今回のモー娘。の「That's J-POP」はバックビート関係なくとても良かったと私は本心で思います。次はそろそろ「That's TownPOP」で行きませんか? 私の提唱するタウンポップ=バックビートシティポップ。Townpopo(タンポーポ)とか(笑)。
posted by ヲタ仙人 at 16:11| Comment(0) | まとめ | 更新情報をチェックする

2021年02月28日

2021年1・2月のまとめ

 2021年も2か月が経ちました。早い早い。私の最後の大阪地下アイドル現場から1年以上が経過してしまいました。
 あのままずるずる現場通いをしていたらすごい散財になったと思いますけど(汗)、やっぱり現場に行けないのは私もつらいです。

 私が現場に行かない理由は家族の反対があるからです。家族の反対を押し切ってまで趣味娯楽を続けることは私には不可能なのです。
 それで私はイライラも募ってしまいます。それが私の「ヲタ卒」発言につながって、そこにシティポップの話題が飛び込んできて私はさらにイライラを募らせてしまいました。

 イライラしながら趣味なんてやっても楽しくない。私はヲタ卒すれば解放されると思いましたけど、実際はヲタ卒したら音楽批判に向かうようになってしまいました。
 これでは駄目だ。私は分かっているのです。

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 なので私はここで原点に戻ってアイドルヲタクとして生き返り蘇生を行うことにしようと思います。
 私は冬の時代の氷河期世代です。氷の中できれいな状態で冷凍保存されています。なので生き返り蘇生しても問題はないでしょう(笑)。というわけで3月から心機一転アイドルを楽しんでいこうと思います。そんな無茶な(笑)。

posted by ヲタ仙人 at 20:52| Comment(0) | まとめ | 更新情報をチェックする

2015年06月09日

ありがとう

 「夢見る15歳」をCDショップで衝動買いした2010年5月のちょうど同じ頃、私は新しいネットワーク(人間付き合い)に参加するようになった。
 もっと正確にいえば、その半年前の2009年末にその門を叩いたのが始まりだった。

 新しい人間付き合いを始めると、それまでの自分では発想しなかったようなことを経験するようになる。
 例えば iPod touch を買ったのもその一つだし、(この恥ずかしい)ブログを書くようになったのもその一つ。
 ちょうどスマイレージからアイドルグループに興味を持ち始めた頃だったので、それらはおおいに役立った。

 正直に言うと、それまでの私にけっして愛国心があるわけではなかった。むしろ、世の中どうなろうと知ったものかと思っていた。
 愛国心というと分かりにくければ、“生きてる実感”と言い換えてもいい。本来私が持ってる前向きな心とは裏腹に、その頃の私はゾンビのような存在だった。
 魂が死んでる状態で根性だけご立派なゾンビのような存在。今の私は昔の自分をそのように思う。

 とにかく刺激が大きかった。刺激を受けると脳が活性化し生きてる実感がわくようになった。
 新しいネットワークでの交流は2010年末で区切りを付け、2011年初頭でお別れとなった。
 私がそのネットワークで貢献できるのも(音楽を作ったり)、私がそのネットワークから得られる刺激も、その頃がお互いにとって卒業の季節だったと言えるかもしれない。

 少なくとも、私の死した心が息を吹き返すターニングポイントとなったのが2010年頃だったのは間違いない。そしてそのテーマソングが「夢見る15歳」ということなのである。
 息を吹き返した後も実際問題としてイバラの道である。だけど楽しいことも見つけて環境も変わってきて前向きに生きている。

 死した環境に適応して自分の心も死なせてしまってどうする。今の自分が昔の自分に言いたいことである。

 
posted by ヲタ仙人 at 09:21| Comment(1) | 備忘録 | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

懐メロ開拓事始め

 わたくし、ウォンバットは昭和48年生まれの団塊ジュニア世代でございます。トシちゃんや松田聖子の1980年に小学校へ上がり、年ごろの中学生になったのは1986年のことでした。そのころはすでに時代が変わっていて、6年生の時、子供心ながら世相の変化に一抹のさみしさと不安を感じたものでした。小学生の時、口ずさむ歌といえば、細川たかしの「北酒場」や日野美歌の「氷雨」だったのですが、そういうのは当時は特段珍しいことではありませんでした。歌番組で“ぶりっこアイドル”をちらり横目で気にしながら、そういう演歌歌謡曲を“安全ゾーン”として歌っていたのでしたわーい(嬉しい顔)。

 ・・・・・・・

 2003年、今から6~7年前、当然わたくし大人になっています。当時何気にテレビの特番を見ていると、石川ひとみが「まちぶせ」を歌いました。松任谷正隆アレンジの出だしの部分を耳にした時、わたくしは“懐メロ”への熱い情念を抱くことになったのでしたかわいい。当時、リアルタイムの音楽に急速に縁遠くなっていたのですが、そんな心の隙間に入り込んできたのが懐メロ、というわけです。
 そして2003年のその当時、何ともタイミングの良い企画がグリコより提供されました。題して“「タイムスリップグリコ」青春のメロディーチョコレート”。チョコに懐メロCDが付いていて、開けてみるまで何の歌かわからない、という乙な企画でした。
 そして2003年の年末、何気に入ったCD店で見つけたのが、おまけCDの曲を1枚のオムニバスとしてまとめたこのCDだったのです。  


 恐ろしいことにexclamation&question、このCDには「まちぶせ」が2種類も入ってるでないか! 一つは件の石川ひとみのまちぶせで、もう一つは三木聖子のシリアスな歌い方のまちぶせ。誰だこれ?、と当時わたくしがいぶかしんだのは言うまでもありません。三木聖子のほうは1976年発売と書いてあります。古い!、そりゃ知ってるわけがないのでした。
 このCDには当然他にも70年代の曲がいっぱい入っていて、どれもこれも古臭いアレンジにメロディーがそれぞれのジャケット写真にお似合いだと感じたものでした。
 それでも物珍しさも手伝って、聞き慣れてくると“良く”なってくるものです。ついには70年代最高!、ってなったわけですが、なかでも一番気に入ったのが、松本隆作詞・森田公一作曲・荻田光雄編曲の「好きよキャプテン」でしたわーい(嬉しい顔)。

 ザ・リリーズという双子の女の子が赤い服と白いスカートを着て、ぼさぼさ?の髪形がまた何ともいい感じでした。後日母親にリリーズのことを話すと、びっくりする応えが返ってきました。1975年、当時わたくしは2歳になる年だったのですが、テレビを見て私が初めて口ずさんだ歌が「好きよキャプテン」だったのだそうですexclamation。
 血は争えない、じゃなくてわたくし自身のことですもんね、わたくし人生で二度も「好きよキャプテン」に電撃が走ったわけなのです。

 ・・・・・・・

 ここまで読んでくださった心やさしい皆さんも、このように過去数十年の日本社会に郷愁めいた感情を一つや二つは抱いておられるのではないでしょうか。それを思うと、わたくし自身も含めて、将来社会がどうなることやらと不安になることも多々あることだと思います。楽しかった思い出、悔しかったこともありました。“思い出がいっぱい”です。できるものならいつまでもこうしていたい、と思うのが人情っていうものですが、なにやら雲行きが怪しいです。

 …今回はここらへんで失礼します。ありがとうございました。



posted by ヲタ仙人 at 22:11| Comment(0) | 備忘録 | 更新情報をチェックする