光り輝く眩しい記憶は一生の宝物
趣味って移ろいゆくものだと言われますね。私のハロプロ趣味もこの数年でずいぶんと風化してしまいました。
自分の趣味の歴史絵巻を紐解いてみると、ハロプロが私に与えてくれたものって大きかったんだと改めて思ったりもします。
10年、20年と経過して久しぶりに当時のコレクションを紐解いてみると、当時のまぶしい記憶が呼び覚まされるようです。
そう、ハロプロはまぶしかった。10年、15年前の私にとってハロプロは光り輝く存在だった。
最近思うんです。前へ進むには新旧双方の「洗い出し」のシナリオが必要なのだと。つまり私にとってかつてのハロプロ趣味と現在のライブアイドル趣味との、良かったところ、良いところを洗い出すことが前へ進むことにつながるのではないかと。
悪かったところは消去法で出て来るので無理に考える必要はありません。大切なのは、ハロプロ趣味の楽しかったところ。
平成日本、昭和日本だって同じことなのかも知れません。それぞれ良かったところもあったんじゃないか、完全否定する必要はないのではないか、ということです。
いつもながらの強引展開(笑)。でも久しぶりにハロプロのL判生写真を収納してるアルバムを見てみたんですが、樹脂製(?)のアルバムが粉々に分解されていってるみたいなんです。。
物質の劣化ですね。生写真自体は10年前の眩しさを保持しているのに、アルバムが劣化してる。時の流れってそういうことなのかも知れませんね。
